なんてことのない毎日・・・でも俺たち兵士の驚きは突然やってくるもので・・・
兵士たちの非日常
「たすけてくれっ!!」
「へっ?」
ぽかぽかした天気な今日俺たち兵士数人と、同僚のメイド数人は休憩中庭に出て、円になって
雑談中だった。
そこにすべりこんで来たのは息を切らした魔王陛下。
「へ、陛下!?どうなさったんですか?」
「説明は後だっ!とにかくかくまってくれっ!!」
そう言って陛下は俺の背中の後ろに隠れてしまった。俺たちは顔を見合わせた。
「一体何が・・・」
「ユーーリーーーー!!!!」
と、突然遠くから陛下を呼ぶ叫び声が聞こえてきた。この声は・・・ヴォルフラム様だ。
「こら~~!!ユーリー!!観念して出て来い~~~!!!」
ヴォルフラム様はきょろきょろと周りを見渡しながらこちらにやってきた。
「お前たちっ!ユーリを見なかったか!?」
「へ、陛下ですか?陛下でしたらあちらに走っていかれましたけど・・・。」
即座に答えたのはヴォルフラムに一番近いところに座っていたメイドのリザ。
「そうか!くそ~あのへなちょこめっ!」
ヴォルフラム様はリザの指した方向へと走り去ってしまった。
「・・・・行った?」
「行きましたよ、陛下。」
リザはにっこり笑った。
「は~助かった~ありがとう~。」
そういいながら陛下はのそのそと俺の背後から出てきた。
「一体どうなさったんですか?陛下。」
「いや~・・・実はこれには深いわけがあって・・・。」
陛下ポリポリと頭をかきながら話し出した。
「俺昨日夜更かししてたせいか朝からちょっと調子悪くてさ・・・、朝からだるがってたんだよ
ね。で、今日午後から謁見もあるし、グウェンダルに小1時間くらい休憩もらおうと持ったら
ギュンターが・・・・
『陛下っ!!大丈夫ですかっ!!きっと普段の疲れが出たに違いありませんっ!!本日は午後
から謁見もありますし、ちょうど疲れによく効く薬もありますのでどうぞお休みください!』
・・・って。」
「そ、そうなんですか。でもそれと陛下が追われている理由が結びつかないんですけど・・。」
「ここまではよかったんだ!!問題はその薬なんだよっ!!」
俺たちはますます首をかしげた。陛下は薬に駄々をこねるような方ではなかったと思うの
だが・・・。
「その薬っ!色が紫で、しかもなんかコポコポ言ってたんだ!!!」
「へっ?」
見ると陛下は涙目だ。よっぽど恐ろしい薬だったんだろうか・・・。
「へ、陛下・・・もしやその薬・・・『ミトコラボリアの煎じ薬』じゃないですか?」
俺の隣にいた兵士が真っ青になりながら言った。
「あ、うん・・・たしかそんなような名前だったような・・・。」
それを聞いた瞬間俺の隣の兵士はさらに真っ青になり、そして叫んだ。
「へ、陛下!!アレは本当にやめておいたほうがいいです!!アレの不味さといったらもうこの
世の終わりのほどですよっ!確かにアレは非常に体力回復にはよく効きますが、陛下はこの薬に
頼るほど弱りきっていないようですし・・・とにかくアレはやめたほうがいいです!!」
話を聞いてるうちに陛下の顔も比例してどんどん青くなっていった。
「あ、あいつらそんな恐ろしいもの俺に飲ませようとしてるのかっ!?」
陛下が頭を抱えてうなっていたそのときだった。
「陛下ぁぁぁ~~~!!!どこにいらっしゃるのですかぁぁ~~!!???」
また陛下を呼ぶ声が聞こえた。ギュンター様だ。陛下があわてて俺の背後に隠れる。
「あぁ!!そこのあななたたち!!陛下を見ませんでしたか!!??」
「陛下なら先ほどあちらの方に全速力で走っていかれましたけど?」
今度の受け答えは隣の兵士、あさっての方向を指しながらいけいけしゃあしゃあと答えた。
しかもヴォルフラム様が走っていかれた方向と全然違う方角だ。
「そうですかっ!!ありがとうございますっ!もし陛下を見かけたらこのフォンクライスト
ギュンターがお探し申し上げていることを伝えてくださいっ!!」
そう言ってギュンター様はまったくのあさっての方向に走っていかれた。
「・・・・だそうですよ陛下。ギュンター様が探しているそうです。」
一応伝えてみた。
「あ~~ど~しよ~~・・・。絶対総出で探してるんだ・・・・まずい・・ギュンターと
ヴォルフはごまかせてもグウェンダルとコンラッドは絶対ばれる・・・!!」
陛下は頭を抱えてうなった。
「たのむっ!あいつらから俺をかくまって!!」
陛下はお顔の前でパンと手を合わせながら言った。
「へ、陛下!?そんなことなさらないでください!!」
「そうです!!陛下のお頼みとあらばいくらでもお聞きいたします!!」
そこにいた全員、考えていることは同じだった。だって、敬愛する主君様に手まであわせられ
ちゃあかくまう相手がこの国のトップの方々でも聞こうと思いますよ。
そして、俺たちは、陛下が見つからない方法について議論し始めた。
「陛下、いっそのこと変装してしまえばどうですか?午後から謁見なのでしたら、午後まで見つ
からなければいいことですし。」
「あ、それ名案。でも、何に?兵士の格好でもする?」
また陛下はう~んとうなる。変装と言っても、陛下にそんな変な格好は恐れ多くてさせられない
し・・・。
「陛下v実はここにちょうどいい変装道具がv」
そういうとメイド一人はバッグの中をごそごそとあさりはじめた。
「これですわv」
そうして俺たちの目の前に一着の服が披露された。
「・・・・そ、それってもしかして・・・。」
陛下は額から冷や汗を流されている。
「きゃ~v陛下vお似合いですわ~v」
騒ぐメイドたち。ぽかんとする俺たち。
メイドがバッグから出した服。それは血盟城メイド御用達のメイド服だった。陛下は最初渋って
いたのだがメイドたちが押し切ってしまったのだ。で、今目の前にその姿が披露されているのだ
が、これはまた・・・。
「陛下、あとはかつらをかぶって完成ですわv」
そういうとメイドはどこから持ってきたのか茶色い長髪のかつらを陛下にかぶせた。その姿は
100人に聞いたら100人がかわいいと力説しそうなかわいさだった。俺たち兵士は思わず見と
れてしまう。
「う~・・・は、はずかし~・・・ば、ばれないかな・・・。」
「大丈夫ですわvもうどこから見てもかわいいメイドですv」
陛下は萎縮したように地べたに正座している。しかしその仕草かえってかわいらしかったりする。
「ってか何でそんなもんもってんだよ・・。」
「これ?兵士たちの罰ゲーム用に使おうと思ってた変装セットだけど?」
・・・・・あのまま行ってたら俺らの誰かが着る羽目になってたのか・・・。
俺は兵士のメイド服を想像した。とたんに寒気が立った。
―・・・こわっ!!陛下・・・着ていただいて切に感謝いたしますっ!!
「陛下!グウェンダル閣下が着ましたよっ!!」
向かいの兵士の言葉に俺は前方を見た。すると、きょろきょろ周りを見渡しながらこちらに向か
ってくる閣下が目に入った。
「おまえたち、魔王を見なかったか?」
「陛下なら先ほど全速力であちらに走っていかれましたわv」
陛下を着飾ったメイドはそれはもう満足とばかりに満面の笑みで答えた。一方陛下はというと、
グウェンダル様に背を向けて固まってしまっている。
「そうか、まったく・・・どこへ行ったんだ。まだ未採決の書類も多くあると言うのに・・。」
グウェンダル閣下は陛下にはまったく気づかず、ぶつぶつ言いながら去っていってしまった。
「・・・・・・くはぁ~~~!!」
陛下が思いっきり息を吐いた。息を止められていたんだろうか・・。
「よかった~気づかれなくて・・・まぁ気づかれたらこんな格好した意味ないけど。」
「・・・大丈夫ですよ陛下。ちょっとやそっとじゃぜったいわかりませんから。」
俺は陛下の格好を見ながら切にそう思っていた。
「まだだ・・・まだ最後にして最大の難関が残ってるんだよ・・・。」
「コンラート閣下ですか?」
「そう!!そのちょっとやそっとがわかるのがアイツなんだよ!!」
陛下は落ち着かないらしく周りをきょろきょろしている。
あ~・・・確かに常に護衛として陛下のそばにいるコンラート閣下が一番見破る可能性高いでし
ょうけど・・・でもはっきり言って今の陛下を見破れる人なんていないと思うんだけどな~・・。
「あ、コンラート閣下ですわ。」
メイドの一人が遠方からくるコンラート閣下の姿を見つけた。とたんに陛下はまたかちーんと
固くなる。
「陛下を知らないか?」
「陛下ならあちらに向かって走っていかれましたわ。」
本日4回目の同じ質問、同じ返答。陛下はと言うと冷や汗を流しながら正座なさって固くなって
いる。緊張がこちらにも伝わってきそうだ。
「そうか・・・・・ありがとう。」
だが、やっぱり俺の思惑通り、コンラート様も陛下に気づかずに行ってしまわれた。
「・・・・・・行った?」
「ええ、行ってしまわれましたよ。」
「もしかして・・・コンラッドも騙せた?」
「ええ、見事に気づかずに。」
その瞬間陛下はさっきよりも倍はあるであろう長い溜息を吐いた。
「よかった~~これですべての難は逃れた!!後は謁見までの時間つぶしだな。なぁ、俺ここに
いていい?」
「そ、それはかまいませんけど・・・お体の方は大丈夫なのですか?」
「平気平気!本当に大丈夫だから!」
そういって陛下は力こぶを作って見せた。が、しかし
「大丈夫なわけないでしょう。いつもより顔色が悪いのは俺の目はごまかせませんよ。」
とたんに俺たちは固まってしまった。おそるおそる声のするほうを見る。そこにいたのは木にも
たれかかったコンラート閣下。
「こ、こ、コンラッド・・・。」
陛下はブリキのおもちゃのごとく首を反転させた。
「まぁなんとなくは気づいていたんですけど確証がもてなかったんでね。走って行ったふりして
この気の影に隠れてました。いくらなんでもそんなカチンコチンでいたら気づきますよ?」
・・・恐れ入りました。いや、何にって、コンラート様の洞察力に。
そしてコンラート様はゆっくりとこちらに向かってきて陛下の目の前にしゃがみこんだ。
「・・・やっぱり、朝よりも顔色が悪いじゃないですか。寝不足なのにあちこち走り回ったり
するからですよ。」
「う・・・・。」
「とにかく、これ飲んで大人しく午後まで寝てください。」
そういってコンラート様はポケットからガラスの小瓶を取り出した。中には言ってるのはこの世
のものとも思えない色の液体(沸騰中)。・・・確かにあれは飲みたくない。陛下が逃げられた気
持ちがものすごくよく分かった。
陛下はと言うとその小瓶を目にしたとたんお顔が真っ青になった。
「っお願いだからそれ飲むのだけは勘弁してっ!!ちゃんと午後まで寝てるからっ!!」
「だめです。今日の午後の謁見は長いんですよ?途中で倒れられたらどうするんですか。それに
これは見た目はこんなんですけど味は見た目ほど悪くはありませんよ。」
「絶対嘘だっ!!絶対飲まないかんな!!」
陛下はすでに涙目だ。しかしその格好ででにらまれても怖いというよりむしろかわいいですよ
ね・・・。
「はぁ、わかりました。」
その後しばらく言い合いが続いていたが、頑として態度を変えない陛下に無駄だと思ったのか、
コンラート様がついに折れた。
「えっ!ホント!?」
「えぇ、陛下は飲む必要がないですよ。」
そういってコンラートさまは小瓶のふたを開けるとそのまま飲んでしまわれた。
「え!?コンラッド!?なんでお前が・・・わっ!?」
その後の光景はむしろおいしい光景としか言いようがない。コンラート様は陛下の腕を引っ張る
とそのまま陛下の唇に自分の唇を重ねてしまわれた。
「ん!?ん~~~!!!!」
「「「「「「「「!!!!!??????」」」」」」」
突然の出来事に赤面して固まる俺たち。しかもはたから見たら超絶美男美女である。ものすごく
絵になっている・・・。
「・・・・っっまっず~~~!!!!!」
唇を離された陛下の第一声がそれだった。・・・・もしかして今の・・・
口移し!!?????
「だから言ったでしょう?陛下は『ご自分で』飲む必要がないと。」
そういってコンラート様はにっこり笑った。ちゃんと補足して。
「だからって~~~~口移しなやつがあるか~~!!!!」
陛下はすっかり顔を真っ赤にしている。俺たちはというと突然のことに呆然としている。
「だって、あのままじゃ絶対飲んでくれなかったでしょう?・・・よっと。」
そして閣下は、立ち上がると同時に陛下をひょいと抱え上げられた。ぞくに言うお姫様抱っこで
ある。
「ぎゃっ!!ばかっ!!おろせっ!!自分で歩けるってばっ!!」
「休憩中すまなかったな。陛下は連れて行くから。」
一方その陛下はというと何とかして降りようとじたばたもがいている。
「陛下、あんまりじたばたしないでください。じゃないと・・・・・襲いますよ?」
その瞬間陛下はぴたっとじたばたするのをやめられた。その様子はまさに鶴の一声で・・・
じゃなくてっ!!いま、ひそかに爆弾発言でしたよねっ!?
「じゃあ。」
そのまま閣下は大人しくなった陛下を抱えて城へと戻っていかれた。残されたのは呆然とする俺
たち。
その後俺たちの会話はトトの配当金の計算へと移っていった。