珍しく執務が早く片付き、年上の恋人と逢瀬を過ごそうと彼の部屋にいた。
コン、コン。
「コンラッド、いる?!」
……。
「いないのかなぁ?せっかく、執務がいつもより早く終わったのにな…。」
「あれ?こんなところで、どうしたんですか坊ちゃん?」
「うわぁ!!」
話を掛けてきたのは、窓から入ってきたヨザックだった。
「びっくりした…ヨザック、急に声かけないでよ。」
「すいません。それより、隊長に用ですか?」
「うん。執務がいつもより早く終わったからさ、一緒に城下に行こうと思ったんだけど…いないみたいなんだ。」
それを聞いたヨザックは人の悪い笑みを浮かべ
「じゃあ、一緒に城下に行きますか?いいお店紹介しちゃいますよ。」
「本当?でも、今任務から帰ってきたんじゃないの?」
「大丈夫ですよ。グリ江、坊ちゃんと出かけられて嬉しい~。」と腰をくねらせて言う。
「良かった。すぐ準備してくるから待っててね。」
食べ物やものを買う人で城下町はいつものように賑わっていた。
あちらこちらで魔族や人間の笑い声が聞こえている。
ユーリはいつもの茶髪、茶目の変装をしている。
「ねぇ、ヨザック。今日はどこに行くの?」
ヨザックは口元に人差し指を置き
「ついてからのお楽しみですよ、坊ちゃん。」
「もう少しで着く?」
「はい。もうそこの角を曲ったとこですよ。」
「本当?!」
「ここです、坊ちゃん。」
「『ルディー』?」
そこは、綺麗な構えをした酒を飲む、居酒屋のようなものだった。
「入りましょう。面白いものが見れますよ。」
「うん。」
がちゃ。
「悪いが、今日は貸切で休みだ。」とカウンターのほうから聞こえてくる。
「ヨザック、大丈夫なの?!」
「大丈夫っすよ。久しぶりだな、ルドガー。」
「?…ヨ、ヨザックなのか?!」
「ああ。元気だったか?」
「ああ。妻と仲良く暮らしているよ。」
「ヨザックには、これはいないのか?」と小指を立てて言う。
「いねぇよ。」
「ヨザ、お前まで来たのか。」
「隊長~。あの約束はどうなってんですか?」とかなり酔っ払っている、大きな体格をした男が言う。
「コンラッド?!」
「!!!」
「コンラッド!!」
ユーリはそう叫びながら、コンラートに抱きつく。
「な、なんでここにあなたが…?!」
「隊長?!もしかして、その人が約束の人ですか?」
「…ヨザ…そんなに死にたいようだなぁ…。」と低いドス黒い声で、射殺しそうな殺気を放ちながら言う。
「た、隊長、俺は坊ちゃんがさみしがってたから、連れて来ただけっすよ。」
「俺、来ちゃだめだった…?」
大きな瞳に、こぼれんばかりの涙をため、首をかしげて言う。
「そんなことありません。ユーリが来てくれて、俺も嬉しいです。」と即答する。
「坊ちゃん、良かったですね。」
「ヨザ、後で覚えておけよ。」とヨザックにだけ聞こえるように言う。
グリ江殺されちゃう…。
「ねぇ、コンラッド。ここで、何してたの?」
「懐かしい者たちで酒を交してたんですよ。」
「隊長~、そのこ誰なんすか?!紹介して下さいよ!!」
「あっ!ユーリです。よろしくお願いします。」と礼儀正しく、挨拶をする。
お辞儀をした後、ユーリが顔を上げ笑顔を見た瞬間、コンラートとヨザック以外は、顔を一斉に真っ赤にした。
「た、隊長、このこが約束のこですか?!」と若干声が震えている。
「約束?」
「はい。20年前に、約束したんです。」
事の始まりは、白鳩が運んできた手紙、カーベルニコフ地方で商人をしているという、コンラートの元部下のロウレスからの便りだった。
ロウレスは、コンラートやヨザックと同じ、ルッテンベルク師団の1員で、あの辛かったアルノイドでの戦いに生き残った一人だ。
ルッテンベルク師団とは、人間と魔族との間で生まれた混血のたちの誇りと居場所を守るために、有志たちによってできた
手紙の内容は、今度王都に商売をしに来るので、久しぶりにみんなで会わないか?ということだった。約束の人を連れて。
あの頃は、混血だからとひどい差別がたくさんあった。だから、大切な人を見つけ、幸せになろうと約束したのだった。
「この方が俺の大切な方だ。」
「コンラッド…。」
ヒュー、ヒュー。と茶化すように何人かが口笛を吹く。
「でも、こんな風に差別がなくなって、自分の好きにできるのも、魔王陛下のおかげだな。」
「ああ。今の第27代魔王陛下のご時世になられて、ずいぶん平和になった。」
「俺も、ユーリ陛下のおかげで、純潔魔族の彼女と結婚することができたんだ。」
「あんなに素晴らしい、賢王はいらっしゃらない!!」
「どうしよう…。本当の俺は、へなちょこ魔王なのに…。」
「そんなことないですよ。あなたは素晴らしい王だ。」
「なぁロウレス、さっきっから隊長の態度おかしくないか?」
「どういうことですか、バトさん?!」
「だって、あんなこに大切だからって、上司のような態度をとるか?あのこは普通に話してるのに、隊長はずっと敬語なんだぞ!」
「!!!…本当だ。」
「上司で、あんなに絶世の美貌で、子どもといえば…。」
「ま、魔王陛下!!!」
「えっ?!」
「お、おい、このバカ!指でさすなんて、無礼だぞ!!」
シーン。
一斉に周りが静かになった。
「こ、コンラッド…どうしよう…。」
「逃げるしかないですね。ヨザ、足止めをしとけ。」
「えっ?!そんなの無理!グリ江、死んじゃう!!」
「死んでも止めろ。」と言う、コンラートの眼は本気だった。
「ユーリ、少し我慢して下さいね。」
「うん。」
コンラートはユーリを抱え、走り出す。
「た、たいちょう?!」
「ユーリ陛下?!」
しばらくの間、『ルディー』は貸切のままで、お庭番がそこから出れたのは三日後だったそうだ。